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 待ち人来たる

「……ずっと待っちょー」
「ひと月でも半年でも、一年でも三年でも、十年でも」
「……百年でも、五百年でも、千年でも、待っちょー」

 そう言ったのは心からの本心だった。
 そりゃあ大袈裟だったかもしれないけど、俺は幾らでも、彼女を待っているつもりだった。


 彼女が帰ってから約一年半が経って、俺は高校を卒業した。
 桜がちらちらと降る中で、最後のチャンスとばかりに告白したり第二ボタンがどうとか騒いでいる奴らがいたり。
 所詮他人事だと思っていた俺にも、そんな声を掛けてくる物好きがいた。
 あげる相手はいないのに、俺は第二ボタンはあげなかった。
 彼女は、まだ来なかった。

 三年が経って、俺が仕事で初めて部下を持つようになっても、彼女はまだ来なかった。
 五年が経って、初めて元同級生の結婚式に行くようになっても、彼女はまだ来なかった。
 十年が経って、友人の子供の名付け親になった頃にも、彼女はまだ来なかった。

 十五年が経って祖父が亡くなって、祖母が亡くなって、俺は一人になった。
 本当は家を出ようかと思ったこともあった。一人で暮らすにはこの家は大きすぎたから。
 でも彼女が此処じゃないと分からないだろうと思うと、どうしてもこの家から離れられなかった。

 二十年が経って俺は、同期の中で出世頭と表現されるくらいに、出世していた。
 高卒だった代わりに、努力は惜しまなかったからだろう。
 これでいつ彼女が来ても、俺は迎え入れてやれると思った。
 それでもまだ、彼女は来なかった。

 三十年が経って、結婚式に呼ばれることも少なくなった頃、お見合いの話が出たこともあった。
 正直、迷った。
 彼女のことを覚えているのは自分だけ。
 本当に彼女がいたのかなんて、自信を持って言えることが出来なくなった。
 あれは俺が描き出した理想妄想の類ではないかと思う時さえあった。
 もし彼女が本当に存在していたとしても、俺の住所が変わっていれば、きっと彼女は気づかない。
 たとえ結婚していたとしても。
 そんなことを考えている自分が嫌になって、俺は結局その話を断った。

 五十年が経って、俺は仕事を辞めた。
 彼女がいなくなってから、俺は仕事をすることで寂しさを紛らわしていた。
 そのことを仕事を辞めてから思い知った。
 一人になる時間が増えれば増える程、彼女のことを考える時間が増えた。
 時間が経てば記憶や想いは薄れるものだと思っていたのに、むしろ逆で。
 彼女の声や顔、仕草、全部が鮮明に思い出すことが出来て。

「なぁ、いつになったら来てくれーや……もうじーさんになってもーたがん」

 呟いた言葉と共に、頬からは涙が伝った。
 彼女はいつか来てくれる。そう思って、もう五十年が経った。
 もういっそ諦めてしまえば楽だろうに、それも出来なくて。
 布団に入って見た夢は、彼女の夢だった。



 六十年が経って、気づいた頃には俺は死んでいた。
 誰にも看取られることもなく、周りから見れば寂しいおじいちゃん、となるのかもしれないけれど。
 確かに寂しかったし、辛かった。でも俺は自ら望んでその道を選んだのだ。
 俺の家は取り壊され、俺は出雲大社に居座ることにした。
 此処でずっと待ってるのも、神さんなら許してくれるだろうって。

 百年が経った。彼女が知っている田舎の町はもうなく、新興住宅やマンションだらけの町になっていた。
 二百年が経った。俺にはもう理解が出来ないレベルの文明となっていた。
 五百年が経った。地球が危ないとかで、人は宇宙を目指しだした。俺にはよく分からないけれど。

 それでもまだ彼女は来なかった。

 九百年が経った。初めての宇宙生活がどうのとかいうニュースが、大きなテレビみたいなものから放送された。
 まだ彼女は来ない。
 宇宙で暮らすのが一般的になり始めても、まだ彼女は来ない。
 地球から人が消え、建物は風化した。もちろん出雲大社も。
 そして代わりに原始の時代のような植物だらけの緑しかない土地となっても、彼女は来なかった。

 そして、千年が経った。
 人がいないはずの出雲で、足音がした。またいつもの研究員か何かだろう、と期待などしていなかった。
 けれど、違った。ずっと待ち望んでいた人の姿が、そこにあった。

 何故あの頃と変わらない姿のままなのかはわからない。
 でもそんなのどうでもいい。会えた。俺の幻なんかではない。

『遅いわや』

 強がって、誤魔化して、俺と彼女が出会った頃みたいな口調で、呟いた。
 会ったらどんな罵倒をぶつけてやろうかと思っていたのに、不思議と心は穏やかで、そんな言葉出てこない。
 この千年、たしかに寂しかったし辛かった。
 でも彼女に会えた、それで帳消しになる気がした。 

『待ってて。俺がもう一度生まれ変わって、お前に会いに来るまで』

 俺はもう逝かなければいけないと分かっていたから、強がって、また会えると信じて。

『だから、「さよなら」じゃない』

 もう一度生まれ変わったらその時は、またもう一度お前に恋をするから。

『「またな」』





***


『っていうのが俺の前世の話なんだ』
『うわ嘘くせー』
『てか千年待つとかお前には無理だろ、お前待ち合わせ十分待たせただけでキレるじゃん』
『そんなことねーし』
『はいはい』
『つくり話乙』

 こんな未来が、あってもいいだろ?


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